小鳥のさえずりに耳を傾け、湯飲みの茶を啜る。
庭の白梅は今年も見事に花を付けた。
額にかかる前髪を摘む。
随分と、伸びたようだ。
小刀を取り出し切ってしまおうかと思い至ったものの、億劫になり止めてしまった。
「何してやがる」
「何もしてねえよ」
なんの断りもなく隣へ腰掛けた義兄弟の顔を眺めれば、美少年と言っても差し支えない面差しがうすらと主に染まる。
誤解は解いて回ったし、あの馬鹿殿も居ないというのに、この男は何故己の傍に寄るのだろう。
どうかしたのかと尋ねると、どうもしてねえと返され苦笑した。
「…邪魔なら、切ってやろうか」
「邪魔…ああ、髪か」
「…払ってたろ」
「そうだな、ちょっと邪魔かも。…出来るのか?」
身を乗り出した小十郎があまりにも自信満々に小刀を受け取るので、少し笑ってしまった。
ざくりと切られる前髪に本当に大丈夫なのかと心配になるが、真剣な眼差しで手元を凝視する小十郎に何か言えるわけもなく、手持ち無沙汰に瞼を閉じる。
意識を巡らせれば、赤い霊絡が白に混じりゆらゆらと揺らいでいた。
可笑しな話だが、この世には己以外、死神が居ないらしい。
しばらく眺めた後、ふと思いつき眼前のそれをそっと手にする。
綺麗な色だと、素直にそう思った。
揺るがぬ意志に、深い忠誠の念。
何処までも深く澄み、それでいて酷く純粋なまま光を放つ、キレイなキレイな…
ざくり
「やべ、やっちまった」
「オイコラ小十郎、何したのか正直に言ってごらん」
瞼を開けると日の光に思わず目が眩んだ。
どことなく焦る様子の小十郎を横目に、手を髪へ伸ばしてみると、案の定。
「うわ、こりゃ…」
「わ…悪い」
きっちり眉の上で整えられた前髪に肩を落とした。
難しい顔で眉をしかめる小十郎の髪を気にするなよとかき回し、縁側へ寝転がる。
悪いのは己だ。
我知らずあの綺麗な帯を引いてしまったから小十郎の身体が揺らいだのだろう。
「お前さ、」
「なんだよ」
「綺麗だよな」
「な、」
赤くなり口をぱくぱくさせる様は愛らしいなと呟けば、腹をぽかりと殴られる。
手を出した刹那この身を焼き尽くしてしまいかねない力強い清らかさに、少しばかりの恐怖を覚えた。
【絶対に触れてはならぬ物が、この世にあるとしたならば】
(触んなきゃいいんだよ)
(そうすりゃ誰も傷つかない)
(そうすりゃ俺も傷つかない)
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好きになり始めた頃。