男は愛を求める生き物である。
それは太古から生き続ける、生き物としての遺伝子に組み込まれた、言わば本能的なもので、例えば美味しい大好物を毎日食べているとフとした瞬間に粗末な物を、否、他の料理を食べたくなる感覚にも似ていて。
とにかくコレは全然そう言う事じゃないしましてや疚しい気持ちがあって声を掛けた訳なんかでは全然無くて。
じゃあそんな気が一切無かったかと聞かれれば口ごもってしまうのだろうけどって、墓穴を掘りたい訳ではなく、アレだ。
そうアレなんだ、つまり、あの、その、浮ついてたんじゃなくてただの社交辞令だし、可愛いねとか、今度遊ばないとか、言うよな?みんな言うよな?ただのリップサービスっていうか、コレもだからその延長上で、肩に手を乗せて引き寄せただけだし、いや口付けたけど、あわよくばその先まで…とか、考えなかった訳じゃないけど、いやあの、その、
麗らかな午後の晴天に暗雲が立ちこめ、わりかし近いところで雷が轟いた。
稲光が己の立つ地に焼き付けた残映は、それ自体が青白い雷電を纏うようである。
ばちばちと鳴る背後の気配に喉仏をどろりと上下させ、男は生涯の終焉を悟った。
振り向いたら死ぬ。
振り向かなくてもたぶん、否確実に死ぬ。
大粒の雨が殴るように身体を叩きつける中、まさしくデッドオアダイを地で行く展開に、男は激しく後悔した。
「言いてえことはソレだけか」
【いやだってそこは男の性って事で見逃しては……くれないですよねそうですよね】
「俺は一途にてめぇを見てんだろうが。なんだってそう彼方此方ふらふらと…次やったらその魔羅ぶった斬るからな」
「ごめんなさい許して下さいもうしません」
月の明かりに、銀が映える。
庭先に妙な気配を感じ、男は羽織を肩に掛けた。
がさごそと動く草むらに見え隠れする、見慣れぬ色。
犬か、猫か、はたまた狐か。
訝り手を伸ばす男の手のひらが掴んだ物は、柔らかい毛皮ではなく、かさついたこどもの手だった。
嫌悪の情を剥き出しにした銀色の少年は、触らんといてと拒絶を吐き出し男の手を払う。
袖にされた男は切れ長の瞳を丸くし、驚いた風に少年を眺めた。
手足は棒のように細く、細かい擦過傷が目立つ。
月の光を吸い込む髪色に、白い肌。
見えているのか疑いたくなる糸目を釣り上げ男を威嚇する様は、野生の獣に良く似ていた。
「おっちゃん死神やろ。ボク死神キライや」
「お前だって死神だろ。刀に、その死覇装。つか、おっちゃんじゃねえよ」
「ボクは、ちゃうわ。おっちゃんらと一緒にせんでや」
頬を引き吊らせる男を余所目に、少年の腹が間の抜けた音を響かせる。
呆れたような溜息を一つこぼした男は、少年の襟首をつまみ上げた。
邪魔な刀を抜き取り、何すんねんと暴れる小さな体をぶら下げ、己が屋敷へと足を進める。
「どうやって入ったのかは知らないが此処は俺の家だ」
「家なんて有らへん。おっちゃん頭可笑しいんと違うか」
「霊力の弱い輩にゃ見えねえんだよガキンチョ」
「ガキンチョちゃうわ」
「じゃあ名乗ってみろ」
「イヤや」
「…お前なんてガキンチョで十分だ」
「…おっちゃん、大人げないわ」
「うっせ」
息苦しげな様子に、これでは苦しかろうと掴む位置を襟首から胴に変える。
逆らっても無駄だと悟ったのか、ぴたりと口を閉じてしまった少年はやがて諦めたように男を嘲笑った。
「おっちゃんもボクに酷い事するんや」
「…酷い事って何だ」
「殴って蹴ってケツにちん、」
「解ったから黙ろうな。安心しろ、俺にそんな趣味はない」
焦り混じりで少年の口を抑えた男は、再び溜め息を吐き小脇に抱えていた少年を見下ろす。
「せんの」
「お前みたいなガキに手ぇ出すわけ無いだろ」
「ガキちゃうわ」
「だから名前言えって」
「イヤや」
触れる肌の冷たさと、舐めるような少年の視線に、蛇のような子供だと男は微笑む。
屋敷の周りには、少年にお誂え向きな赤がぽつぽつと実を付けていた。
ぷつりと茎を手折り、少年の髪へと飾る。
「なんや、これ」
「これか?これはな、」
【蛇苺】
(遠い遠い昔の話)