奥州の冬は寒い。
火鉢を抱えた手足の感覚は無い等しいし、鼻先はじんじんと痛むばかりで一向に温まらない。
なんで俺越後とか奥州に腰を据えちゃったんだろう。
來海はずずっと鼻を啜り、羽毛の布団を体に巻き付けた。
火鉢を抱えながら布団にくるまると言う暴挙が許されているのは、偏に小十郎が出掛けているためでもある。
この冬一の冷気だと噂される日の昼近く、半死半生の來海に一寸出ると言い残し、小十郎はどこかへ行ってしまった。
去りゆく背中を怨めしげに見据えながら、俺の湯たんぽと呟いた來海の嘆きは、幸いながら懐刀の忍以外誰も拾っていない。
先程からはらはらと事の成り行きを見ているだけの小太郎は、暖を求めて時折伸ばされる主の腕を紙一重でかわしながら、やっぱりはらはらしていた。
伝説と称される忍も、この時期氷の固まりのような男に抱きすくめられるのは嫌なようだ。
主従なのにと涙ぐむ來海に小太郎は唇をへの字に曲げる。
小太郎だとて辛いのだ。
愛する主が苦しんでいる、何とか助けたい。
でも抱きつかれるのは、寒いから絶対に嫌。
伝説の忍は己と來海を天秤に乗せ、とりあえず殺しても死ななさそうな主を見捨てることにした。
「後で覚えてろ…!」
極度の冷え症に加え、メイドイン奥州の殺気石は今日も絶好調に來海の霊圧を削ってゆく。
なるたけ近場には置かないようにしてくれているらしいが、この場所自体が殺気石だと言っても過言ではないため、冬場は冗談抜きで毎日が命懸けである。
じゃあ離れればいいじゃん、とは言う無かれ。
ここでふらりと旅に出たが最後、怒り狂った双竜が文字通り地の果てまでも追ってきて、根城へ連れ帰されるのは目に見えている。
故に來海はこうして布団の虫と化しているのだ。
「体も寒いが心も寒い。小太郎がひどい。小十郎もひどい。もうこの際暖の種類は問わない、火薬で炙られたって幸せかもしれない」
そうだ大和へ行こう。
すっくと立ち上がった來海は光の消えた双眸で火薬やら弾正やらと呟きながら襖を横に滑らせ、ぴたりと止まる。
頭半分より少し低い位置に、見慣れた旋毛が有った。
「何してんだお前は」
呆れ顔で溜め息を吐いた男が身を避ける前に両腕を巻き付け、來海は小十郎を思い切り抱き寄せた。
色気など微塵も介在しない、単純に体温を奪うだけの抱擁である。
暖かい首筋に鼻先を突っ込み、手加減はしつつも逃がすような真似はしない。
触れた肌の冷たさに、小十郎はびくりと戦慄いた。
鳥肌の立つ項を、辛うじて動かせる片手でさすり、來海の背を撫でる。
手の冷たい人間は心が温かいと言うが、全身冷たい死神は、果たして人と同じなのかと考え、苦笑した。
失礼いたします。
女中の声を背に、小十郎は來海を座らせる。
ぴったり張り付かせたまま腰を下ろすのは苦心したが、運ばれてきた酒器に目を輝かせる男を見て口元を綻ばせた。
真っ昼間だが今日ぐらいは良いだろうと言った上司の顔を思い浮かべ、猪口へ熱燗を注ぐ。
ゆらゆらと湯気の立つそれを來海の唇へ押し付け、小十郎も自らの器へ酒を注いだ。
【冬の風物詩:奥州編】
「あったかい、美味い、小十郎ありがとう」
「礼なら政宗様に言うんだな。今日だけだぞ」
「政宗様々。一生付いてく」
「程々で良い。いいから口開けろ…あと俺の腹に顔埋めて暖取んじゃねぇ」
「小十郎のにおいがする」
「頭かち割るぞ」