砂を踏みにじる音に振り返り、男は笑みを浮かべた。
金糸の髪を風に浮かせた女は鋭い目付きで男を一瞥し、着流しの会わせ目を乱暴に掴み引く。


「殺すつもりだったな」
「何の事?」
「ふざけるな!!」


女の整った柳眉がつり上がる。
男は涼やかな顔付きで女を見下ろしていた。


「何故あの時右目を助けなかった!報せが入らなければ右目は」
「死んだだろうな」
「貴様っ!!」


まるで何ともないかのような男の声に、女の金切り声が被さる。
全身の毛を逆立ていきり立つ女に、男は群青の瞳を伏せ苦く笑んだ。


「助けてなんて、言われてない」


肉を打つ音が響く。
ややあって男の頬が薄く色づき、やがて紅葉のような痕がくっきりと浮かび上がった。
男は張られた頬を片手で押さえ、困ったような微笑を女に向ける。


「誇りを掛けた闘いに水を差すつもりはない」
「…それが恋仲の相手でもか」
「矜持なんてそんなものさ」
「どいつもこいつも馬鹿ばかりだ!!」


肩を怒らせる女を宥め、男は軽く瞠目する。
凍てついた軍神の刃が彼の男の首筋を狙った刹那、自身でも驚くほどに男の心は凪いでいた。
見誤ってはいない、あれは誇りの為の殺合いである。
あの場で助け船など出そうものなら、きっと男の手は彼の者に弾かれてしまっていただろう。


「まぁ、次は助けるよ」
「貴様の言うことは宛にならん」
「大丈夫だろ。たぶん次からは余計なモン全部捨てて命だけ掛けて来るから」
「…大丈夫じゃないじゃないか」


苦虫を口一杯に頬張り噛み潰した様な顔で唸る女にへらりとした微笑を投げ、男は空を眺めた。
勝ちの戦を希う竜の右目を脳裏に描き、男は口の端をついと上げる。
あらゆる物を犠牲にし昇竜を願う右の目は、最早個の彼ではない。
誇りの戦は終えた。
背負うた覚悟もろとも絶対に死なせはしない、どんな手を使っても。


「おい……その、殴って…悪かったな」
「…お前は優しいよな」
「ばっ!馬鹿じゃないか!?」


にゃあにゃあと吼える女の頭を一つ撫で、男は目を細めた。



【宴の始末】