「待てよ、死ぬ…か。いや、そうだ、私は死ねば良いんだ」


よし死のう、すぐ死のうと歓ぶ元就に、男は素早く両腕を伸ばし元就の腕を掴んだ。
力任せに引き、させないとばかりにぎゅうぎゅう抱き込み、肩口に額を擦り付け嫌だ嫌だと首を振る。
駄々っ子勇士に埋もれながら、元就は黒狼の背に手を回し、落ち着かせるようぽんぽんと撫でさすった。


「よしよし、違うよ黒狼、私と君を死んだことにするんだ。隆元、二人とも死んだことにしてくれ、そうすれば歴史に集中できる」


あれ、俺も?
いつの間にか頭数に数えられていた黒狼は、元就の肩から頭を上げようとしたのだが、物凄い力で押さえつけられ身動きがとれなくなった。
なんとか拘束を解こうともごもご身悶えるが、やがてぐったりと力を抜く。
振り払うこともできるのだが、そうすると元就を傷付けてしまうかもしれないので、こうなった以上大人しく抱かれる他に術はない。
諦めた黒狼に気を良くしたのか、逞しい肢体を全身くまなく良い子良い子と撫で回し、元就は呆けている息子へ、そこはかと無く黒い物を滲ませた顔でにっこりと微笑む。


「欲を捨てて義を守り、兄弟で仲良く国を治めてくれ。私は黒狼と死人になるから」
「歴戦の勇士殿まで道連れに!?」
「黒狼を一人にするなんて…そんな酷いことはできないよ。かわいそうじゃないか」
「父上は黒狼殿を一体なんだとお思いなのですか…」
「何って…黒狼は私の黒狼だろう?」


極自然に黒狼を抱えたまま、爽やかにその場を辞そうとする元就を隆元が必死に止めたことはまた別の話である。


【これは拐かしですか、いいえ逃避行です】