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結希※BL表現あり

「…………お、」



携帯片手にソファでくつろぎながらネットサーフィンをしていると、ブブっと軽い振動と共に着信を告げる通知が画面上に出た。表示された名前に思わずガバっと身体を起こす。

雲雀恭弥

「珍しいな」

いつもは自分からメールすることが殆どで、返信以外で恭弥からメールが来ることは殆どない。かつて並盛中を統べていた風紀の王は、今は日本を拠点に各国を行き来する生活をしている。海人くん程ではないが、並盛で過ごす時間は以前より少ないらしい。なんの仕事をしているのかは謎だが、偶に会うと満足そうな顔をしているので充実した日々を過ごしているのだろう。

恭弥とは小学生からの出会いだが、大人になった今も細々と交流は続いていた。偶にメールしたり、電話したり。直接会うのは年に数回の時もあれば、家に泊まりに行くこともある。俺は友人だと思っているが、彼奴はどうだろうな。そもそも友人という定義が恭弥の中にあるかどうか怪しい所だ。はっきりと言葉にするのは難しい関係だが、それでも途切れることなくここまで続いていることが答えの1つではないだろうか。

通知画面をタッチすれば、短い文面のメールが来ている。【明日、11時並盛駅前】なんて、飾り気も無ければ詳しい説明もない。恭弥からだと分かっていなければ、新手の詐欺か果たし状かと思うほどだ。相変わらず淡白なメッセージだと思わずクスリと笑った。

「……了解、っと」

直ぐに返信のボタンを押して、メール画面を操作する。今はメールよりも簡単な通話アプリが主流になり、メール自体あまりすることはなくなった。仕事の連絡もアプリのグループを作って管理されている。なのでメールの受信ボックスは通販やカード支払いの案内が殆どで、こうしてメールで連絡を取るのは恭弥くらいだ。


なぁ、恭弥はこのアプリいれてないのか?既読とか分かって便利だけど

必要ない

お前なぁ……

第一、読んだかどうか一々僕が気にすると思う?

…………いや、全く

でしょ


(……彼奴らしいよな)

何処までも自分らしさ≠ェ恭弥にはあって、自身の軸がブレることはない。群れるのが嫌いだといいつつ、実は手の内に入れた者は大切にしている。一見クールなのに誰よりも胸に秘めた思いが熱いことに気づいたあの日から、俺の心はジリジリと焦がされていた。男相手にこんな気持ち……と思っていたときもあったが、出会いから何十年たっても想いは変わらず、今は受け入れている。

(とはいえ、恭弥に伝えることはきっとないだろうな)

最近は、そう言うことへの差別も減ってきているとはいえ、一般的にはまだまだ少数派だ。それに恭弥を困らせたい訳じゃない。拒否されたり、軽蔑されるかもと想像するだけで怖い。そんなことになるくらいなら、今のままでいい。それで……いい。

「…………」

ブブッ

「!」

不意にまた着信を告げる振動。携帯画面に視線を下ろせば、恭弥からのメールだった。タップして開けば、端的な一文が目に映る。

【遅刻したら噛み殺す】

「……ッハハ」

思わず吹出した。
相変わらずな物言いと文章だ。仏頂面でメールを返信する姿が目に浮かび思わず頬が緩む。

「お兄ちゃん、次お風呂どうぞ」

「お、ありがとう」

「…………」

「ん?」

不意に後ろからかかった声に振り返る。お風呂上がりでほんのり火照った顔をして、湿った黒髪をタオルで拭きながら妹がじっとこちらを見つめていた。視線に気づいて首を傾げれば、ふっと柔らかな笑みを浮かべる。

「なにか良いことあった?」

「そりゃあナツが帰って来てるんだから、嬉しいに決まってるさ」

「もう、お兄ちゃんってば……」

呆れ顔に変わる夏希。ハハッと軽く笑うと頭を撫でようとして……その手を引っ込めた。いけない、いけない。結婚して海人くんの奥さんになった妹。いつまでも幼い子どもじゃない。手を引いて歩くのも、涙を拭うのも……もう俺の役割りではないのだから。

(あんなに小さかったナツがなー)

大学入学と同時に一人暮らしを始めて実家を出たときは寂しかったが、ずっと見守ってきた2人が結婚式で幸せそうに寄り添う姿を見て心底嬉しかったし安堵したのも事実だ。それでも寂しさを感じてしまうのは、どうしようもないけれど。

「さーて、お風呂に入ってきますかね」

「いってらっしゃーい」

妹の笑顔に見送られ、携帯片手にソファから立ち上がった。



早めに就寝したはずなのに、何度も夜中に目が覚めた。時計を見てはなかなか進まない時刻に、まだか、まだか……と焦らされる。いつもは朝までぐっすり眠れるのに、ベッドでゴロゴロと寝返りを打つが直ぐには眠れない。原因は……分かりきっていたけれど、まるで思春期の男子のようでため息をついた。

結局予定の時刻より早く起床することにした。まだ朝日の登りきらない薄暗い部屋で大きく伸びをすると、いつものジャージに着替えてそっと家から抜け出した。

「っ……は、……はぁ……」

朝の空気は格別だ。澄んでいて気持ちがいい。

小学生のころから野球一筋だった俺は日々のロードワークとしてよくジョギングをしていた。始めは心配してついて来ていた両親も、次第に距離が伸びると諦めて家で待つようになった。もう学生の頃のように早くは走れないが、毎年開催している並盛市民マラソン大会に出れる程には、練習を続けている。趣味として続けている野球にもその練習は活かされていると思う。

近所の河川敷を一周し、帰路に着く。一汗かいてシャワーを浴びればモヤモヤとした気持ちが晴れて寝不足気味の頭がはっきりとしてきた。さて、着替えようとしてハッとした。そして、うーんと悩む。

「…………」

自室の部屋にある全身鏡に映る身体。黒のストレートズボンは履いたが、程よい筋肉がついた上半身はまだ肌色のままだ。日々の筋トレのお陰か、アラサーにも関わらず筋肉が衰えることはない。ボディビルダーを目指している訳では無いが、これも野球に必要な筋肉を維持するためだ。

ベッドの前で腕を組み、目の前に置かれた2種類の服を眺める。左にあるのはズボンと合わせた黒いジャケット。スーツほど硬すぎないが、レストランにも入れるようなお洒落な組み合わせだ。右は白のパーカー。カジュアルを売りにしているお店の服で、このまま運動できるほど着心地はいい。どちらにしようか……左右に何度も視線が行き来した。

「……お兄ちゃん?」

「ナツ」

「朝ご飯出来たよ」

「ん、あ……もうそんな時間か」

開けっ放しのドアの向こうから夏希が声をかける。視線を時計に向ければ、7時になろうとしていた。

「今行くよ」

「うん……洋服、選んでたの?」

「え、あー……そうだ!ナツならどっちがいい?」

「え?」

部屋のドアからベッドの前まで手を引き、タイプの違う2つの服を指差す。妹は左右を見比べ首を傾げた。

「うーん……何処に行くの?それにもよる気がするけど」

「いや、それが分かんなくてさ。やっぱ、無難にこっちかな。いや、でもお洒落なとこ行くとしたらパーカーは不味いだろうしなぁ。まあ、どっちにしたって彼奴は気にしないんだろうし、気づかないんだろうけど。俺は気にするんだよ……あーもう……」

「ふふ」

「ナツ?」

「お兄ちゃん、楽しそう」

ふんわりと笑う夏希。1つに後ろで纏められた髪がつられてサラリと揺れた。真っ白な項が目に入り、続いて朝ご飯を作った後なのか黄色のエプロンが目に映る。可愛い、可愛いと思っていた妹はいつの間にか綺麗な女性になったのだと今更ながらに実感した。

「そーか?」

「うん。今日は天気もいいし、楽しんできてね」

「……ありがとう」

お礼を伝えれば、部屋を出た夏希が思い出したようにクルリと振り返った。

「あ、そうだ。今朝ね海人さんから帰国が早まりそうだって連絡がきたの。夕飯食べてから帰る予定だったけど、色々準備もしたいしお昼食べたら家に帰ろうと思って」

「そっか。良かったな」

「うん、嬉しい」

はにかむような笑みを浮かべ、血色のよくなった頬を緩ませる。海人くんへの想いが言葉にしなくても伝わってくるようだった。そんな妹の笑顔を見てこちらまで幸せな気持ちになる。決して順風満帆な事ばかりではなかったことを知っているからこそ、今妹が幸せそうで本当に嬉しい。

「ナツ、」

「なに?」

「……海人くんに宜しくな」

「うん。またお邪魔するね」

「いつでもどうぞ」

「ふふ、ありがとう」

どうか、末永く幸せでいて欲しい。
そう願わずにはいられなかった。






「……やばい、早く着すぎたか」

携帯の時計を確認し、ふうっと嘆息する。結局、服は動きやすいパーカーの方に決めた。よく考えたらお洒落な所にいく可能性の方が低いし、カッコつけた所で気づいてもらえないだろうから。

約束した時刻の30分も前に着いてしまい、辺りを見渡すも当たり前だが恭弥の姿はない。休日のお昼前で駅前ロータリーは混んでいる。いつもは空いているベンチも既に先客で埋まっていた。家族連れやカップルを避けるように広場の端へ移動する。ドキドキと高鳴る心臓を宥めるように深く長く深呼吸をした。

(落ち着け、落ち着け……)

恭弥が来るまでにはいつも通り≠フ俺でいなくてはならない。野球の試合前で緊張しても、暫くすれば落ち着く心臓が何故か言うことを聞いてくれない。それでも俯いてふーふーと呼吸を続けていると、目の前に影ができて高い声が聞こえてきた。

「あのぉー、すみません」

「え、……はい?」

顔を上げれば、夏希より少し幼いだろうか。20代前半の女性2人組がこちらを見つめていた。茶髪と金髪という明るい髪色。4月に入ってから急に気温もぐっと上がった為か大分短いスカートを履き、上もトラブルに巻き込まれそうな程前が空いた面積の少ない服を着ている。今どきの学生さんといった所だろうか。

「お兄さん、ちょっとお願いしたいことがあってー」

「写真撮って欲しいんですけど」

そう言うが否やピンクの派手なスマホケースに入った携帯を強引に結希に押し付け、駅前の桜の木の下でポーズを決める2人。

(おいおい……)

呆気に取られた結希だが、まあ写真くらいはと思い直して携帯の撮影ボタンを押した。念の為に、2枚ほど多めに撮ると携帯を返す。

「ありがとうございます!」

「どういたしまして」

微笑みを浮かべて答えれば、キャッと黄色い悲鳴。それと同時に携帯を渡した手ごとガバっと握られる。一瞬ゾワッと悪寒が走った。僅かに強張る顔には気づかず、女の子達は結希を囲む。

「っ、」

「ね、ね!お兄さん。一緒にお花見行かない?」

「今日並盛公園で桜まつりしててー、私達2人だけだと寂しいなぁって思ってたの」

「…………えーと……」

握られた手をさり気なく離し、半歩後ろへ下がる。

「俺、待ち合わせしてるんだ。だから、無理かな」

「待ち合わせ……もしかして彼女さんですか?」

「……いや、友人だよ」

「なら、その人も一緒にどうですかぁ?」

「大勢の方が楽しいですよ!」

一歩前につめられて、結局元の距離に戻る。全く諦める様子のない2人にキラキラとした黒い瞳を向けられて、さて困ったと眉を下げたその時だった。

「結希」

「!」

「待たせたね」

「恭弥……っ、」

肩に乗る温かい手と低い声。驚いて振り返れば、濃紺の単衣と羽織に身を包んだ雲雀恭弥が目に入る。最近はスーツ姿が多かっただけに久しぶりの和服に目が離せない。呆気に取られてポカンと口を開けていると、恭弥は肩に置いた手をさり気なく腰に回して引き寄せた。密着する身体と身体。着物の良い匂いが鼻を擽る。ドキリと心臓が大きく跳ねた。

「っちょ……き、恭弥!?」

「なに」

「何って……」

「さあ、行こうか」

「はぁ……?」

そしてそのまま身体の向きを変え、歩き出そうとする恭弥。突然の行動に困惑していると、同じように目を丸くしていた女子2人が慌てて声を上げた。

「あ、あの!」

「お兄さんも良かったら一緒に……」

「見て分からない?」

「え、あ……」

振り向いた恭弥の鋭い視線が、2人に注がれる。息を呑んだと同時に、一言。


「邪魔だよ」


メールのような短い言葉を残して、今後こそ振り返らずに駅前の広場を通り抜ける。

「ちょ、恭弥……」

後ろを振り返りつつ、押されるままに歩く。広場を抜けると腰にそえられた手が離れ、1人先に行ってしまう。慌てて追いかければ、駅前のロータリーに出たところでやっと追いついた。

「恭弥!」

「…………」

「ま、待てってば」

「……はぁ」

後ろ姿に声をかければ、嘆息と共に振り返る。腕を組み、眉間にシワを寄せて機嫌の悪そうな表情をする恭弥に思わずうっと声を上げた。この顔をするときの恭弥は面倒くさいことが多い。しかも何に怒っているのかも分からない。

(そっちから呼び出したのに何だよ……)

「…………」

「恭弥?」

「…………」

「恭弥さーん?」

「…………こっち、」

数歩先を歩く恭弥の後ろ姿を追いかけながら、結希もそっとため息をついた。





「相変わらずモテるね」

「へ、」

「……」

続く沈黙を最初に破ったのは恭弥だった。先導するように先を歩いているので、表情までは伺えない。だが、雑談する程には機嫌も良くなったのだろうか。

「ああ、さっきのか。あれはモテるとかそんなんじゃないって。あれくらいの年の子は年上のお兄さんに憧れるもんだろ。もしくは、男の人と一緒にいると自分のステータスが上がると思っているか……深い意味なんてないさ」

「そう。それにしてはヘラヘラ楽しそうにしてたようだけど」

「どの場面を見たらそう見えるんだよ……ナツと同じくらいの年の子だと思うとさ、邪険に出来ないだけだって」

「ワオ、相変わらずの妹バカだね」

「それは否定しない」

「ハッ」

きっぱりと答えれば、声に出して短く笑う恭弥。一歩前に出れば、貴重な恭弥の笑みが見えた。残せるものなら写真で撮りたいくらいだが、生憎それは出来ないため記憶のシャッターを押して心に刻み込む。

「……そういうお前こそ、モテるんじゃないか。カッコいいんだし、強いしさ。彼女とかいたりして」

直ぐに否定の言葉が来ると思って出した軽い言葉だった。しかし、沈黙と共に振り返った恭弥の黒い瞳と自身の瞳が交差する。

「…………」

「恭弥?」

「……どうだと思う?」

「どう……って……」

「僕に彼女がいると思う?」

「……いや……、どうだろうな」

「…………」

自分から聞いたくせに、否定しない言葉に傷つくなんて勝手だと自嘲気味に笑った。心の奥底まで見透かすような視線に耐えられず、自分から目を反らす。

見上げた空は、自分が消えてしまいそうなほど綺麗な青空だった。沖縄の海のように透き通る青い空にポツンと浮かぶ白い雲。高くて遠くて……どんなに背伸びしても届かない。

(……っ、)

もし恭弥に好きな人ができた時、俺は笑っておめでとうと言えるのだろうか。

「…………」

「結希」

「…………」

「結希」

「っ、あ……わ、悪い。考え事してたわ」

「これ、つけて」

「ヘルメット……?」

いつの間にか目的地についていたようだった。投げられた丸いものを反射的に受け取れば、それは黒いシンプルなヘルメットだった。そして恭弥の目の前には見覚えのある黒い大型バイクが停められている。

「乗って」

「え、どこ行くんだよ」

「早く」

「あー、はいはい」

これ以上質問しても無駄なことは長年の経験から知っている。じろりと鋭い視線に押されるままヘルメットを頭につけた。

バイクに着物で乗れるのかと不思議に思ったが、着崩れることなく器用にシートへ跨る恭弥。どこからともなく取り出した紐でさっと袖をまとめてたすき掛けをし、グローブをはめる。気づかなかったが、下はしっかりブーツを履いていたようだった。銀色の鍵を鍵穴に入れて回すと、ブルルッと軽快な音が辺りに響き、目的地も知らないまま勢い良く走り出した。





「…………」

40分ほど走らせたバイクを駐車場に止め、エンジンを切った恭弥。ヘルメットを外して視界が一気に広くなる。それと同時に澄んだ山の匂いが鼻腔を擽った。ここへ来るまでの道中もまさか……と思っていたが、見覚えのある場所に目を丸くする。

「恭弥……ここって、」

「行くよ」

「え、ちょっと……待てって」

先にヘルメットとグローブを取っていた恭弥は、着物を直しさっと鍵をしまうと数メートル先にある鳥居へ向かって歩いて行った。慌ててヘルメットをバイクに置き、追いかける。

走り出せば、すぐ恭弥に追いついた。赤い鳥居を抜け、神社の参道を進む。真っすぐに何処までも続いているかのような石畳の道を会話もなく進んでいく。遠くで鳥の鳴く声が聞こえてきた。参道脇に植えられた背の高い松に見下されているような気持ちになり、思わず早足になる。

暫く歩くと、開けた場所に出た。真っすぐ進めば手水舎が右手側にあり、そこからさらに歩けば古い本殿が見えてくる。確か縁結びの神様が祀られているはずだ。

「…………」

「…………」

しかし、そちらへは行かずに左へ反れた脇道へ入る。石畳の道から砂利道へ変わり、歩くたびに石が擦れてジャリジャリと音がした。3分ほど歩いただろうか、再び開けた場所に到着する。その場に立ち止まる恭弥。

「着いたよ」

「…………」

そこは、ピンクの絨毯が一面に広がっていた。視線を上げれば寄り添うように立つ二本の桜の木が見える。2つの木を繋ぐようにしめ縄がぐるりと回され、紙垂が風で揺れていた。

桜の花弁がふわりと宙を舞う。ただ真っすぐ桜の木を見つめる恭弥。単衣の袖が風と共に穏やかに流れる。黒とピンクのコントラストが美しい。



幻想的な空間が、そこには広がっていた。



「……っ、……どう、して……」

「…………」

震える声で、恭弥に問う。
偶然で片付けるには、あまりにも……タイミングが合いすぎている。

「……どうしてって?」

「なんで……っ恭弥が知ってるんだよ……」

俺はこの光景を知っている。ただ知っているなんてもんじゃない。もう何年も前からここへ通っている。何時間も、それこそ朝から晩までいたこともあった。この木の美しい瞬間を見逃したくなくって。だって、

「……写真コンテスト、入賞したんでしょ」

「……っ、」

核心を突く言葉にビクリと肩を震わせた。

カメラは、家族にも友人にも誰にも話したことのない趣味だった。きっかけは……確か大学生の頃。本屋に並んでいたある写真家の写真集に衝撃を受け、気づけば写真の世界にのめり込んでいった。

しかしそれで稼げる人はごく僅かだと言うことも直に理解した。すでに大学へも進学しており、子どもの頃にお金も沢山使わせてしまっている。今更進路を変えたいなんて言えるはずもなかった。幸い、諦めるのは慣れている。趣味の範囲で続ければいい。そう自分を納得させて、今の会社へ就職した。

仕事が始まればカメラへの情熱も覚めるかと思ったが、気づけば野球の集まりが無い休みの日はよく出かけるようになっていて、ふとした情景に心を揺さぶられた。この瞬間を形にしたい、そんな思いが胸を熱くした。

「まぐれだって。たまたまスマホで上手く撮れたから送ってみただけだよ」

「結希らしくないね」

「……っ、なにが……」

「14回」

「っ!」

「それだけ落選しても、諦めなかったんでしょ」

「…………」

趣味の範囲で続けるはずだった。けど、気づけばのめり込む自分がいてもっとカメラについて学びたい、知りたいと願う気持ちを抑えきれなくなっていた。けど、今から学び直すとすれば専門学校のない並盛からは離れなくてはならない。家族や友人……想う人と過ごす穏やかな日常を思えば、そんなことできなくてカメラのことは誰にも言わずにいた。

そんな時、カメラを好きになったきっかけになった写真家が主催する写真コンテストがあることを知った。今回だけ、今回だけ……そう思いながら年2回開催されるコンテストへ写真を送り続けた。そしてついに先月、コンテストへ送ったこの桜の写真が入賞を果たした。



「おめでとう」



一言。
そのたった一言を聞いただけで不意にこみ上げてくる温かい涙。隠すように後ろを向いた頬を静かに伝って落ちていく。

「……っ誰にも言ってないのに、なんで恭弥が知ってるんだよ……本名だって出てなかったはずだろ」

「ワオ、僕に隠し事が出来ると思っていたのかい」

「はは……っホント……恭弥には敵わねーわ」

強引に涙を拭いて、クルリと振り返った。ニカっと笑えば、恭弥の頬にも優しい微笑みか浮かぶ。

(……うわっ、ちょ……それ反則……っ)

「っ、」

「あれ、結希顔赤いけど」

「き、気の所為だって」

「ふーん?」

覗き込むような視線に赤面して顔を背ければ、笑い声が響く。孤高の存在と言われている男が、俺の側で笑っていてくれる。

(……嗚呼、)

幸せだ、と胸の奥がジーンと暖かくなっていく。



「……恭弥」

「ん、」

「ありがとう」



この縁≠ェずっと続きますように。
二本の夫婦桜にそっと祈った。





***

夏希ちゃんの兄、結希さんのパラレルワールドの1つだと思って頂けたら…と思います。お兄ちゃんの日常というか、結希≠ウんに焦点を当てたお話です。雲雀さんと結希さんのお話にしたかったのに、前半兄妹メインのやり取りです(←あれ?)前回はほんのりでしたががっつりBLのお話を書くのは初めてなので、温かい目で読んで頂けたら幸いです……。
結希さんにとって、雲雀さんは憧れで、友人で、好きな人。雲雀さんにとっても結希さんは特別枠だけど、それが友愛か恋愛かは定かではない……そんな感じです。お目汚し失礼しました。

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