「皆さんおはようございます。よ〜〜〜〜く眠れましたよね?ではまた次の機会をお待ちしております」
そういつもの笑顔で新兵達を見送るカゲロウ。
オポムリアの方を見ると更に笑顔を増すが、オポムリアはそれに苛立ちを覚え舌打ちをしてその場を一番に去った。
───…。
「なんか今まで一番休めたよな!」
「疲れてるからか?でもほんと一瞬で寝たなー」
『そりゃ睡眠薬仕込まれてたからな……』
ボソリと呟いた一言は幸か不幸かは分からないが他の新兵達には聞こえていないようだ。
残す修行は弐番隊……これでとりあえず最後だと思うと新兵達は吹っ切れたような顔をし屋敷へと歩いて行く。
すれ違った昨日弐番隊の修行を受けた班は言わずもがなボロボロで、全員死んだような顔で機械的に歩いている。
それを見るとやはり多少の不安は襲うようで、歩みがやや遅くなるのだった。
「弐番隊……あのツクヨミ様の修行となるとひたすら斬り込み稽古とかしそうだ……」
「もしくはノンストップ対戦とか……いや、トーナメント形式かもしれない……」
「どんな修行でもとりあえずあと一日だ……!班員は減ったがとりあえずこの面子は頑張ろうな……!」
そして弐番隊の屋敷に着く。
いつもであれば副隊長である者が出迎えているはずだが……そこにいたのは一般の隊士であった。
『(確かここの副隊長……ヨイヤミとか言うド陰キャだったよな……。まさか人見知りが酷くて出迎え拒否とか……有り得るな、見るからにコミュ障っぽいしな)』
ヨイヤミが出迎えしない理由は色々と思いつくがここでやる事は変わらない、とオポムリアは中へ入っていく。
するとオポムリア達の耳に劈くような悲鳴が響き渡った。
「ヨイヤミ様!何をしているのですか!」
「離して離して離して離して!お願いだから死なせてぇぇぇぇ……!」
「止めてくださいよもう!新兵達が見えてますよ!弐番隊副隊長としてしっかりしてくださいよ!」
「副隊長……!ダメだ僕にはやっぱり荷が重すぎる……!絶対いつか失敗をやらかして責めに責められて監獄の奥深くに追いやられて最期は殺されるんだ……!その前に死なせてぇ!」
「「ヨイヤミ様!」」
震える手で刀を自身の喉元に宛て、それを数名で必死に取り押さえる隊士達のシュールな光景に新兵達は絶句していた。
いったい自分達は何を見せられているのか、これも歓迎演出の一環なのか、と様々な憶測が飛び交うがどう見ても隊士達の止めている顔は真剣そのものであった。
新兵達の唖然としている表情に正気を取り戻した案内係の隊士は急いで新兵達を奥の部屋へと誘導した。
それを見るなとばかりに力強い声で新兵達に弐番隊の仕事内容を話すも、衝撃的な光景は直ぐに忘れられるものではない。
目的地に着くまで新兵達は先程の光景が頭の中を巡っていたのだった。
「なぁ……さっきのって間違いなく副隊長のヨイヤミ様だよな……」
「あんまり人と関わる事が好きじゃないって聞いたけど……まさかあの自殺願望者がヨイヤミ様……?」
「……なんか不安になってきたかも……」
『確かに、あんなに死にてぇ死にてぇ言ってる奴大丈夫かって思う』
「えっお前が心配するなんて……そうとうヤバく見えてんだな、ヨイヤミ様」
『テメェ俺をなんだと思ってんだ』
よくよく考えれば初日の挨拶の際にもヨイヤミはいきなり自身の手首を斬ろうとしていた。
その突拍子も無い行動に謎を感じながらも、目的地へと到着した。
そこには正座をして待つ弐番隊隊長、ツクヨミがいた。
ツクヨミは新兵達が全員来たのを確認すると立ち上がり、深呼吸をした。
「…………よく来たな。……では……これから…………修行の説明をする……。……………………ひとりひとり、くじで当たった隊士と……対戦をしてもらう……。……実戦が……一番だ……。真剣を握り……実戦に近い修行をしてもらい…………その後に……隊士からの助言を貰うといい……。一周目が終わったら……またくじの引き直しをしてもらい……二周目に突入する…………。質問はあるか……?」
予想通りの修行内容だった為、新兵達はある程度の覚悟を決めてきていたので驚きはしなかった。
そして誰も質問が無いことを確認すると、無駄の無い淡々とした動きでツクヨミは修行場へと向かうのだった。
修行場に着き全員くじを引くと、一から順番に前へ行き待ち構えていた隊士と向き合った。
「引き終わったか……。では……いざ尋常に……勝負……」
「では……始め!」
「新兵、遠慮無く掛かってきていいからな」
「っよろしくお願いします!!」
今までの修行通りに隊士に斬り掛かっていく。
しかしそれはあっさりと躱され新兵の腹部に一撃が入る。
「っ!」
「大丈夫、峰打ちだから」
どさりと倒れる新兵。
審判役の隊士が隊士側の勝利を知らせる笛の音と旗を上げた。
僅か数秒で決着が着き、新兵達はざわめく。
負けることは確実だとは思っていたが、まさかこれが毎度起きる事だとは……いったい一周目は何分で終わってしまうのだ、と戸惑うのだった。
しかしそれに対しオポムリアは目を輝かせた。
何故ならそれは、純粋な一対一の対戦だったからだ。
今まで修行だと様々なルールに従った舞台を走ってきた。
その修行は自分の経験値を上げている事には上げているが、ルールという枷が付いた修行は自由な戦いを求めるオポムリアにとっては特別胸が踊るものではなかった。
しかし今回の弐番隊の修行は対戦、しかも真剣を使って良いものだった。
まどろっこしい枷等無い勝負、これこそオポムリアが期待するものであった。
そして迎えたオポムリアの番。
オポムリア相手である隊士はこの修行が始まる前の会議でツクヨミに言われた事を思い出していた。
───…。
「…………今回の修行……相手は新兵ばかりでは無い……。中に一人……実戦経験のある者がいる……事は事前に説明したな……?」
「えぇ……それで今回の修行は元々考えていたものより難易度を変える話でしたよね。しかし弐番隊は元々の修行も対戦修行……特に何を変えようと変わらないのでは……?」
「そう相手を……侮るな……。対戦相手の隊士は……最初の新兵相手には手加減をしろと伝えたが……そいつに当たった隊士は……
"全力"で相手をしろ……」
───…。
「(と、ツクヨミ様は仰られた……)」
『よっしゃとうとう俺の番か!なぁおい!俺の二刀使って良いんだよな!』
「(……どう見てもこの野蛮女が強いとは思えないが……。いや、相手を侮るな、そうツクヨミ様は忠告してくださったんだ……ツクヨミ様が言った通り全力でやらねば失礼だな……)」
「では……、開始!」
審判がそう放つと、オポムリアは相手に突撃し刀を喉元目掛け突いた。
隊士はそれを受け止めるが、一瞬の出来事に驚いていた。
「っ!(一瞬でここまで飛んできた……!やはり侮る相手では無い……!落ち着け、いきなり仕掛けてくることは想定内……!まずは奴の攻撃を弾き体制を崩し……)」
『おっせぇ』
「!」
オポムリアが力で押し、その威力に押された隊士は大きく体制を崩した。
そして倒れそうになった体を戻そうとしたその時、オポムリアの蹴りが側頭部に命中し隊士の体が飛び、対戦用に敷かれた枠を乗り越え壁に叩きつけられた。
一瞬の静寂の後、新兵、隊士どちらの席からも小さな悲鳴と細やかな感嘆の声が聞こえた。
「しょ……勝負あり!」
『っしゃあ!』
「おおぉー!!流石オポムリア!残虐ファイトの名人!」
「悪役面似合うぞ!」
『テメェ等褒め言葉ならもっとマトモな事言えや!』
初めての自分側の勝利に新兵達は盛り上がっているが、それと正反対に弐番隊隊士達は青い顔をしてオポムリアを見ていた。
「え……嘘……あれ新兵に混ざっていいレベルじゃないよね……!?」
「ツクヨミ様が話していただろう……!いやでも……奴も手を抜いていた訳じゃあるまい……。純粋に、アイツが激強いって事だ……!」
「えっ……次当たるの誰になるんだよ……!」
「……………………」
その様子を高い位置からツクヨミはただ静かに眺めていた。
「………………(やはり、荒削りな技術だが彼奴は強い……。今回のこの修行、彼処にいる隊士……全員で掛かっても彼女には勝てない……。だからこそ……今回は……)」
───…。
「カクエン殿」
「ん〜?おーツクヨミくんじゃーん。何?五大修練の内容決まったの?」
「あぁ」
ツクヨミはカクエンに今回の修行内容を説明したが、以前と何も変わらない内容にカクエンは笑っていた。
「まぁ斬り込み部隊弐番隊って感じでいーよね。許可しちゃうよー」
「……それとあと一つ」
「ん?」
「……副隊長であるヨイヤミも参加してもらう」
その言葉に許可印を押そうとしていた手をピタリと止めるカクエン。
そしてツクヨミを見るも、ツクヨミは無表情のままカクエンを見ていた。
「ヨイヤミくんを?何で?今までも他の部隊は副隊長が案内係とか説明係とか諸々やってるからってヨイヤミくんにもやらせなってツクヨミくんにも言ったけど、ヨイヤミくんが嫌がるし出来ないって言い張るからって仕方無くヨイヤミくんには普通の任務にしか行かせてないじゃない?急にどうしたの?社会勉強でもさせたくなった?」
「………………」
「黙ったままじゃ分からないよ。言わないと許可印押しませーん」
「………………彼奴も……このままじゃ……ダメだと思った……」
「いや分かるよ?どこかで何かして変わらなきゃあの子の性格は治らないって。でもなんで今?」
カクエンが問い詰めると、ツクヨミは目を伏せた後、再度カクエンを見た。
「…………あの娘……どこか……似ている……」
「あの娘?オポムリアちゃんの事?…………ヨイヤミくんに?いや、ヨイヤミくんというか…………」
「…………無茶を言っているのは承知済みだ……。しかし……"彼奴"と対等に勝負ができるのは彼女しか居ないかもしれ無い…………頼むカクエン殿…………」
「んー………………まぁいっか!ただし、あんまり壊さないでよー修繕費色々と掛かるとカンナギちゃんが怒るんだから。あと怪我人は本人達以外出さない事!あまりにも過激になってきたらちゃんとツクヨミくんが止める事!あとそれでも収まらない場合はカンナギちゃん呼ぶ事!それが守れそうなら良いよ」
「……感謝する……」
判子が押された紙を受け取るとツクヨミは静かに去って行った。
それを見たカクエンは胡座をかいていた足を組み直した。
「やっぱりみーんなオポムリアちゃんには特別な何かを感じてるのかね?ヨイヤミくんに似てるオポムリアちゃん……もしこれで彼が変わったなら、もしかしてシラヌイくんも…………」
───…。
「(変化……それは誰しも恐れることだ……。しかし、その恐れを何時までも抱いたままでは先に進むことなど出来ない…………。ヨイヤミ……お前もそろそろ変わるべきだ……)」
次々と周る修行。
オポムリアの番になった隊士は全力で向かうも全員オポムリアによって倒されていた。
昼休憩になり勝利の続いたオポムリアは久々に昼飯を堪能し食べていた。
午後はどんな奴が来るか、と楽しみにし弁当を三人前程食べ、他の新兵達はその様子を目を丸くして見ていた。
「ツクヨミ様!ヨイヤミ様を発見しました!こ、今回は高所から飛び降りようとして屋敷のてっぺんに……」
「死にたい死にたい殺して殺して嫌だもう生きるのが嫌だ僕みたいなのが生きてるなんてだけで重罪だ……!あぁぁっ!もう誰か僕をっ……!」
「ヨイヤミ、落ち着け」
「っ!はぁ……はぁ……ツ、ツクヨミ様……」
「……前も話したが……今回お前も出てもらう……」
「ひっ!い、いや、僕なんて……!それに……殺されるのは歓迎だけど……人を殺したく無い……!」
「……心配するな……相手は……強い……もしかしたらお前の望む事を……してくれるかもしれない……」
「ほ、ほほ本当ですか……?な、なら……少しだけ……少しだけ頑張ります……その……死んだら僕の遺体は故郷の土に埋めてくださいね……」
「…………死ぬ事は無い。万が一そうなった場合は……遺言は引き受ける……」
「あ、はは…………は、はい……なら……やります……」
「(相変わらず物騒なんだよなぁこの二人のやり取り……どこが冗談なのかも、冗談言ってるのか分からないし……)」
淡々と話す二人に隊士は引きながらもヨイヤミが逃げないよう自分達の陣地へと引きずっていく。
休憩が終わり、くじを引こうとしたオポムリアは隊士に止められた。
どうやらもうオポムリアには相手が決まっているとのことだった。
『なんだよもう決まってるのかよ。もしかしてツクヨミが俺と戦うのか?』
「隊長クラスは出ないだろ……。いや、オポムリア相手なら有り得る話だ」
『まぁ誰が来ても叩き潰す!』
意気込んでいるオポムリアを見て周りの新兵達は笑っていた。
そしてその回の最後、オポムリアの名前が呼ばれた。
『俺の対戦相手は誰だ?』
「弐番隊側、副隊長ヨイヤミ様」
「ひぃっ!!い、行きます……!行きますから待ってくださ……!ふぎゃ!」
「『………………』」
名前を呼ばれただけでがくがくと震え上がり、そのまま壇上へ行こうとした足を滑らせ頭を強打……。
なんとも情けない悲鳴に周りは唖然とするばかりであった。
「っ……や、やっぱり僕なんかこういう場に来ちゃ駄目なんだ……あぁでも、死ねるかもしれない一大チャンス……うぅでもダメ……!視線がたくさん……!無理、無理無理無理……!」
「ヨイヤミ様!早く来てください!」
審判に急かされヨイヤミはまた体をビクつかせながらオポムリアの前へと向かう。
そんな様子のヨイヤミにオポムリアは顔を顰め、ツクヨミを見た。
『おいどういう事だ。俺は戦いに来たんだぞ』
「………………」
『何とか言えや!』
「……ヨイヤミ」
「は、はひっ」
「……どちらも死ぬな」
「え、えぇっ、じゃあ僕が殺される事も無いし僕が人を殺す事もないって事……う、う……わ、わかりましっ、た……!」
『あ?おいテメェ訳わかんねぇこと言ってんじゃ……』
「勝負、開始!」
『おい待て俺の話まだ終わってねぇ……』
オポムリアがツクヨミに意見しようとしたのと同時に、ヨイヤミの体が動いたのが見え瞬時に戦闘体制に切り替える。
ヨイヤミは抜刀し、震える体でオポムリアに向け刃を向けていた。
「本当はやりたくない、やりたくないけど……一応命令なので……それに全力で戦ったら、誤って僕を殺してくれるかもだし……」
『なにブツブツ言ってやがんだテメェ、来るなら来い!』
「ひっ!ご、ごめんなさい!」
『来ねぇならこっちから行くぞ!』
「!」
オポムリアが先手を取り、刀がヨイヤミの頭に振りかざされる。
それを受け止めるも体制を崩しよろよろと後ろへと倒れかかる。
そこをトドメとばかりにオポムリアは蹴りを入れようとした。
が。
「っ!」
『!?(コイツあそこまで倒れたのに体制持ち直したのかよ!)』
「嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない……!でも僕なんてやっぱり死ぬべきだしいらない存在……!あぁでもまだ死にたくない……!」
虚ろな目でブツブツと不気味に呟くヨイヤミにオポムリアは馬鹿にされているような苛つきを感じた。
そして再度蹴りを入れようとするも、ヨイヤミは無茶苦茶な体制からそれを更に避けたのだった。
『(!反射速度もそうだがなんだコイツの回避能力!俺が動く前にもう動いてやがる……!)』
「(……ヨイヤミの能力……それは危機回避能力……。攻撃や殺意に敏感に反応し……それを事前に避ける事が彼奴にはできる……。あの娘の攻撃を……何時までも避け続けるのは不可能だろうが……)」
「ひぃぃ!怖い……!殺される……!いや殺して欲しいけど……!嫌だ、死にたくない、でも殺して欲しい……あぁ、あぁぁぁ……!」
一人何かに怯え悩むように顔を歪めながらもオポムリアの刀を避け続けるヨイヤミ。
全力で相手に立ち向かっているのに対し一方的に避けられ攻撃を仕掛けてこないヨイヤミに、ブチリととうとうオポムリアの堪忍袋の?が切れた。
『っ!テメェいい加減にしろよ!さっきからブツブツうじうじ気持ち悪ぃ!!戦う気あんなら俺に斬り掛かってこい!!』
「ひぃっ!」
オポムリアの一斬りがヨイヤミの肩を掠り、血が衣に滲み床に垂れた。
それを見て周りはざわつくが、弐番隊隊士は即座に反応し新兵達を別の場所へ移したのだった。
「え!ちょっと待ってくださいよ!なんで俺達が何処かに行かなきゃ行けないんですか……?」
「死にたくなかったら早く歩きなさい」
そう冷静に言う隊士に不満はいくつかあるも、新兵達は隊士達に追い出されるように修行場を離された。
残されたのはオポムリアとヨイヤミとツクヨミのみ。
何も言わないヨイヤミにどうしたのかと首を傾げたオポムリアだったが、チャンスとばかりに再度斬り掛かった。
『気絶してるとこ悪ぃけど!トドメ刺させて貰うぜ!』
勢いよく振り上げた刀を降ろすが、その前にヨイヤミの手が伸びオポムリアの手首を掴み、捻るように床に投げ捨てた。
突然床に突っ伏したオポムリアは何が起きたのか分からず目を白黒させたが、即座に起き上がりヨイヤミに刃を向けた。
『テメェ!気絶のフリとかいい度胸してんな!』
「………………」
『あ?おい?またフリかよ?』
「………………」
『……おい聞いてやがんのか』
「………………」
『……おい!テメェ今度は無視か』
「ああああああ血……血が……僕の血が……嫌だ、死ぬ、死んじゃう、ほんとに死んじゃう。嫌だ死にたくない、死にたくない。まだ生きたい。いや、でも僕なんて生きてる価値もないどうしようもないゴミみたいな命だ……。死んでも誰も後悔しない程いらない奴なんだ……死ね、死ね、僕なんか死んじゃえ、ああでもやっぱり生きたい……生きたい……!!」
『なんだコイツ気持ち悪ぃ……』
ブツブツと呟きながら落ちた血を見つめるヨイヤミに顔を引き攣らせながらも、オポムリアは攻撃を受け止められるよう力を入れた。
明らかに異常なヨイヤミはまだ呟きを止めず、ふらっと突然倒れたのだった。
『は?おい!今度はマジで気絶か!?』
「……これからだ」
『あ!?』
上からのツクヨミの言葉に、オポムリアは声を荒げた。
「……これからが、本番だ。娘よ…………構えろ」
『どういう意味だよ本番って!ちゃんと説明し』
ガキンッ!
オポムリアがすべて言い終わる前に、オポムリアに向かい白い刃が襲い掛かりそれを直前で受け止めた。
ガチガチと鍔迫り合いの音が響き、力を入れるも相手もそれに対応するように力で押し倒そうとする。
相手は誰かと見ると、それは紛れもなくヨイヤミだった。
しかし、ヨイヤミとはまた違ったオーラを纏い、まるで人が変わったかのように好戦的な態度でオポムリアの首を狙った。
『っ!』
首に触れそうになった刃を避け、数歩距離を取る。
そして斬り掛かるもそれを避けられたと同時に腹部に蹴りが入る。
その衝撃に吐き気が競り上がって来るも、なんとかそれに耐えヨイヤミを見た。
『っ……テメェ……"誰"だ……』
オポムリアがそう言うと、ヨイヤミは先程とは違い口角を上げ至極楽しそうに狂気じみた笑いを響かせた。
「はは……
ははは…………!!
ひゃはははは!俺様が誰かって??おいおい姉ちゃん俺様の事知らねぇのか!?なら教えてやろうじゃねぇの!極悪非道の人斬り罪人、"血染めの夜"ことトコヤミ様とは俺様の事よ!」
『………………は?』
前髪をガシリとかき上げ、トコヤミは楽しそうに笑っていた。
先程のヨイヤミとは真逆の変わりっぷりにオポムリアも目が点になり瞬きを数回し、ツクヨミを見上げた。
『…………どういう事だ』
「…………そういう事だ」
『いやいやどういうことだよ!?はぁ!?コイツ誰だよ!?』
「おいおい姉ちゃん人の話は聞くもんだぜ?せっかくこの俺様が数ヶ月ぶりに出てきてわざわざ優しく説明してやってんのによぉ。って!ツクヨミじゃねぇかテメェ!降りてきて勝負しろ!」
「…………その娘と…………戦って勝ったら…………考えてやる…………」
「あ?この姉ちゃん斬ったらいいのか?なら話は早ぇ。姉ちゃんに罪はねぇけど殺すぜ!」
『あ゛?そう簡単に殺されてたまるかよ』
「そうかい、それが遺言かい」
『!』
その言葉が言い終わると同時に、オポムリアの首が飛んだ。
何が起こったか解らない、とオポムリアは自分の首無しの体がゆっくりと倒れていくのをただ眺めていた…………。
『っぶねぇ……!』
……………と、いう幻覚を見る程、オポムリアは今死の瀬戸際に立ちそうになっていたのだった。
実際は刀で受け止めていたものの、あと一秒判断が遅れていたら幻覚が現実になっていた所だ。
「おっ、なかなかの反応速度だなぁ。いいぜいいぜェ!何処まで避けれるか見物だなぁ!」
『っ……!っの…………!おいヨイヤミ!どういう事だ!テメェは何なんだよいきなり人が変わったように振る舞いやがって!』
「あ〜?俺様はヨイヤミじゃなくてトコヤミだよ。ヨイヤミってのは俺様の影に居るド陰キャの死にたがりだろ?あんな鬱野郎と一緒にすんな!俺様はトコヤミ様だ!」
『どうでもいいんだよンなもん!俺にとっては全部斬って全部勝ちゃいいんだから!』
「いや姉ちゃんが説明しろって言ったんだろォが!」
『説明しろだなんて一言も言ってねぇわ!』
「そうかィ死ね!」
『っ!』
容赦のない斬撃に、オポムリアは耐える事しか出来ず徐々に後退していく。
隙の無いトコヤミにどうしても攻撃を当てたいと刀を振ろうとするが、守りを止めたら即座に切り捨てられてしまうだろう。
どうにかならないものか、と考えていると遂に刃の先がオポムリアの腕に当たり血が飛び散った。
その隙を見てトコヤミは、一気にオポムリアを斬りつけたのだった。
『い゛っ……!』
先程よりも激しく飛び散る血が床を染め上げた。
刃に付いた血を見て嬉々として笑うトコヤミ。
その狂気を孕んだ目は、どこか懐かしさを思い出させた。
「あは……あはは……あはははは!弱いな姉ちゃん!顔はタイプだからもっと強かったら最高だったんだけどなァ!ンだよその目、悔しかったら俺を殺してみろよ、なぁ!なぁなぁ!!」
『っ……(あのイカれた太刀筋と目……人斬りっつー自己紹介は本当っぽいな。俺も昔はあんな目をしてたのか……?)』
楽しそうに胸元を掴み、拳でオポムリアの頬を殴りつける。
「やってみろよ姉ちゃん。人なんて斬り殺すのは簡単だぜェ?脳味噌や心臓を突き刺せば一瞬だ。ほら、簡単だろ?俺も同じだ!刺せば死ぬ!っはははは!それができねぇのは弱い奴だよ!」
ぐしゃりと落としたオポムリアの体を蹴り上げ、転がっていく。
ゴキリと変な音がし自分の左腕が痛む。
だらりと力が入らないその腕は、折れていた。
しかしオポムリアは、痛みよりもトコヤミの事を考えていた。
『(斬ることに敵味方関係無く、血が流れる事を快楽として……戦士じゃなく、ただの殺人鬼みてぇに振る舞ってたあの時……コイツにも、こうなっちまった理由が何かあるのか……?)』
「悪ぃな姉ちゃん。俺はあのツクヨミを殺してぇんだ……だから姉ちゃんが死ぬのは仕方ねぇ事だよ。弱い者は強い者に食われて死ぬ、いつの世も同じ事だなァ……あばよ姉ちゃん」
『……はは……あはは……』
オポムリアの乾いた笑い声が響いた。
「!(避けた!?あれだけ打ち込んで、片腕も折れてんだろォ!此奴動けねぇ筈!)」
トコヤミの最後の一撃を避けたオポムリアは強気な笑みを浮かべトコヤミを見る。
その目には、まだ闘志が宿っていた。
『弱い者は強い者に食われて死ぬ?んな当たり前の事ドヤ顔で言ってんじゃねぇよ自称人斬り極悪人様よぉ!そんでもって勝手に俺を弱い者の立場って決めつけてんじゃねぇ!どっちが強い者かはこの勝負で決めようぜ!まぁ、泣いて謝ったってボコボコにするし、勝ちは決まってンだ、俺ってな!』
片腕で刀を振るいトコヤミに斬りかかるも、フラフラの身体で振るった刀は力を失い簡単に避けられてしまう。
やはりこの程度まで弱っている、と思っていたトコヤミであったが突如その身体がガクリと崩れ体制が保てなくなってしまった。
「な゛……んで……!」
『おいおい、相手がどんな武器持ってるかは分からねぇもんだろ?これが新兵の訓練だとしても気ぃ抜いちゃいけねぇだろセンパイ?』
「……!(クナイ……!しかも何か塗っててやがる……!毒か……!?)テメェ毒なんざどっから……!」
『悪ぃ、前の所から嫌がらせで拝借した。死なねぇが身体が痺れるだけだ!』
トコヤミの足には小さめのクナイが突き刺さっており、それには痺れ薬が塗り込んであったようだ。
前回の訓練場所……陸番隊のカゲロウの研究所からこっそりくすねたモノだったが……盗品を堂々と、しかも訓練に使うのもどうかと思われるが、結果今の状況を打破する為には必要なのであった。
『勝つためには使えるもんは使え。そうも言われなかったか?』
「……クソアマァ……!」
『じゃ、俺の勝ちだな』
「っ……!あ、は……!ひゃははは!やっぱ気に入った!最高だぜアンタ!」
『うおっ、まだ動けんのか』
「まさか毒を仕込まれるとなァ!可愛い卑怯モンじゃねぇか姉ちゃん!」
『つーかその姉ちゃんってのやめろ。気色悪ぃ』
「いいじゃねぇか!ズタズタのボコボコにしても立ち上がる根性!諦めてねぇその目!気に入った気に入った!俺はお気に入りは自らの手で殺したくなる性分でねェ、また殺したくなる奴が増えた!今日は良い日だ!お気に入りも増えて殺せる奴も増えた!ひゃはははははっ!!」
『……やべぇ毒でも混ざってたか?』
狂ったように笑うトコヤミに引きながらもオポムリアは刀を握りトドメを刺そうとする。
しかし震える身体でもトコヤミは立ち上がり、刀を構えた。
「イイ、イイ……!殺してやる……!この場を赤い血で染め上げて、最高の景色を俺に、見せろォ!」
『気持ち悪ぃんだわテメェはよ!!だれが簡単に殺されるか!!』
痺れで太刀筋が歪んだトコヤミの刃だったが、オポムリアはそれを避けずにわざと受けた。
力が入っていない分斬り捨てはされなかったものの刃が食い込み激痛が走る。
しかしそのままオポムリアは、トコヤミが動けなくなったのを見て胸元を斬りつけたのだった。
「っ……!ころ……されて……たまるかっ……!俺は、生きるんだよ!!」
『っ!』
頭突きをオポムリアにし、それの仕返しとばかりにオポムリアはトコヤミの頬を殴る。
パタパタと血が飛び散り、お互いの意識が飛びかけ最後の一撃、とばかりに歯を食いしばったその時……。
「……止め」
冷静なツクヨミの声がし、二人の身体は何者かによって捕らえられた。
よく見ると手足に何か噛みついている。
白や黒の毛並みが見えたのを最後に、オポムリアとトコヤミは意識を失った。
「……やはり……どこか……特別な関係なのだろうか……これならば……もしかしたら……ヨイヤミよ…………お前を苦しめるその性分は……治るかもしれない……」
───…。
『………………』
一人斬れば赤が咲く。
『………………』
二人斬れば赤が舞う。
『………………』
三人斬れば赤が散る。
『………………なんつー夢だ……』
ぼんやりする頭で起き、オポムリアは天井を見上げた。
起動を始めた身体はあちこちが痛み、左腕は初めは感覚が無かった。
決して目覚めの良いものでは無い淀んだ脳内を動かし、自分がどうしていたかを思い出すのは時間は掛からなかった。
結果はどうなったのか、それを聞きに行こうとしたその時扉が開いた。
「オポムリア様っ……!大丈夫でしたか……!?」
『カザハナ……』
カザハナが青い顔をしながら現れ、オポムリアに近寄った。
「嗚呼、本当に貴女と言う人は……!いえ……こうなる事態は予測していましたが……」
『予測してた?どういう事だよ?』
「えぇ、まさかこんな大事になるとは……いえ、それよりもまず目覚めたらツクヨミ様をお呼びするよう言われてるので……詳しいお話はツクヨミ様からあると思います」
『……おう』
カザハナが退室した数分後、ツクヨミが現れオポムリアの側に座る。
ツクヨミが話したい事とは大方ヨイヤミについてだろうと思うが、オポムリアはツクヨミの口が開くのを待った。
「……体は大丈夫か」
『お陰様であちこちがいてぇわ』
「そうか…………まずは……謝罪からだ……。……今回の修行……お前を……ヨイヤミの……いや……ヨイヤミとトコヤミを試す事に使った事を…………謝ろう……すまなかった……」
『あぁ!?やっぱり実験に使ってたのかよ!』
「…………すまない……」
『チッ……まぁ……そっちにも事情あんだろ?アイツ……ヨイヤミ?トコヤミ?まぁどっちが主人格か知らねぇけど、アイツなんなんだ』
オポムリアがそう聞くと、ツクヨミは一度目を伏せ、そして開いた。
「ヨイヤミは……過去に……俺が裁いた罪人だ……」
『罪人……?』
正義軍に似つかわしくない言葉が出てきた事にオポムリアは眉を顰める。
そんなオポムリアの反応は当たり前だとばかりにツクヨミは話を続けた。
「……いや……正確には…………とある惑星で"殺人罪"で追われていたヨイヤミを……俺が……任務で捕獲の後……処刑する予定だったが…………。あいつは……あいつの目は……何かに怯えていた……」
『………………』
「…………死にたく無い……と何度も呟いている様子に一度話を……聞こうと思った時だ……任務に着いてきていた他の隊士が……先走って奴を斬りつけた……が……ヨイヤミが血を見た瞬間倒れ……」
『……さっきみてぇにトコヤミに変わった、つーことか』
「……あぁ……。一瞬のうちに奴は……俺の部下を斬り殺そうとした……無論、止めたが……。そこで事情は察した……。ヨイヤミの中には……もう一人の人格……トコヤミがいる、ということに……」
『……つまりは二重人格ってやつか?』
「そうだろうな……」
『またなんでそんな特殊な事になってんだよ』
「……どの惑星でも……争いは絶えぬもの……。生きたくば武器を振るうしか無い……。そんな事情を抱える輩は……そこら中にいる……特に……一昔前………………。惑星イザヨイに暁部隊が……設立される前は……無法地帯な惑星が多かった……。統率の取れていない荒れた星では尚更……女子供は虐げられ……弱き者は人権の無い生き方を……見せしめに死体を晒される者も……いた……そんな中で……ただ……ヨイヤミは……生きたかっただけなのだ……」
『…………』
「生きる為には…………命を奪われる前に奪う…………毎日命の危険に晒されながらも……したくもない殺しをし続けた結果……"人殺しとしてのもう一つの人格"が生まれ……それが……トコヤミだ……」
『……人格っつーのはトラウマとか強い衝撃で分かれるっつーからな……』
「トコヤミは……ヨイヤミの自己防衛の意が強く現れた部分だ……。自分以外は……全て敵だと斬りかかる……。それが行き過ぎた結果……人殺しと呼ばれ指名手配される事になったんだが……。ヨイヤミとトコヤミ……お互いの人格は分かれているが……記憶は多少繋がっているようだ……。……ヨイヤミはトコヤミの……無差別に斬り殺す性格は好まないようでな…………自分が死ねば……トコヤミを封じ……全て解決すると……思い込んでいる……」
『解決するわきゃねーだろ。つーか……自分も死ぬ度胸ねぇんだろ』
「……死にたくないのは……当たり前だ……。ヨイヤミも……トコヤミも……何一つ……悪く無い……。ただ……自分達が生きる為に……必死なだけだ…………」
生きたい、ただ当たり前の願いを想いながら過ごしていただけなのに、何故悪い方向へ行ってしまうのか。
ヨイヤミの異常な怯えようと死にたがりの理由はそこにある、と察したオポムリアは何かを考えた後深いため息を吐いた。
『……で、不憫に思ったテメェがここで雇ったっつーワケか。随分と慈悲深いじゃねぇか』
「……情けをかけたわけでは……無い……。無駄な殺生を……避けただけだ……それに…………ヨイヤミの太刀筋は……見所がある……。我が軍として……戦力は欲しいところだからな……。それに……ここなら俺や……カクエン殿……カンナギ殿がいる……いくらトコヤミが暴走したとしても……止められる手立てはたくさんある…………。トコヤミのした事は……自己防衛とはいえ……命を余計に奪った…………罪が簡単に許されるものでは無い…………だが……彼にも変われる機会はある筈だ……自分が死ぬ事で……それが精算される訳では無い……。だから…………ヨイヤミには……生きる力を持って……正義を持って罪を償い……トコヤミとの和解と……前に進む覚悟を……持って欲しい……。それにはオポムリア……お前の力が……必要だと感じた……」
『あ?何でだよ』
「お前も……幾らかは察しただろう……。トコヤミに真正面から立ち向えるのはお前ぐらいだ…………トコヤミと……何処か似ている……そう、感じただろう……」
『……まぁ、多少な……(俺も……あの時は殺ししか教えてられなかったし……それぐらいしか、生きる理由にならなかったからな……)』
「何かしら……お前との関わりで……進展があると感じた……俺からも頼む……ヨイヤミとトコヤミを……どうか……」
深々と頭を下げるツクヨミにギョッとして驚くオポムリア。
それを止めろと制するもツクヨミは頭を上げず、オポムリアはチッと舌打ちをした。
『わーったよ!でもな、俺だって治療法とか良くわかんねぇんだから彼奴等に進展無くても文句言うんじゃねぇぞ!』
「……あぁ、ありがたい……」
顔を上げたツクヨミは僅かに微笑むと、立ち上がった。
「今日は……すまなかった……。存分に休め……。五大強化修練、ご苦労であった……。明日の七時……中央大広間にて……カンナギ殿から話がある……歩けるようなら参加しろ……」
『へいへい』
適当な返事をしてツクヨミを見送ると、ツクヨミは扉の方を見て声をかけた。
「……ヨイヤミ……俺の話は終わった……入って来い……」
「ぴゃ!!」
ガタン!と壁に何かぶつかる音がするとゆっくりと扉が開く。
そこには…………床に頭をめり込ませそうな程見事な土下座をしたヨイヤミがいた。
『おい』
「あああああのすいませんすいませんすいませんっ!僕、貴女に酷いことを……!!ツクヨミが酷い事をしてごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!もう嫌だ死にたい死にたい……!こんな事ばっかり……!だから僕なんて生きてる価値の無いゴミカスなんだ死のう……」
『おい!いきなりここで切腹し出す馬鹿いるのか!?テメェの臓物見せられる此方の身になれアホンダラ!』
「…………まだまだ……時間はかかりそうだな……」
刀を腹に刺しそうなヨイヤミをオポムリアは起き上がりその手を掴んだ。
ギャーギャー喧しく騒ぐ二人を見て、ツクヨミはそう静かに呟くのだった。