「おはようございます皆さま!休まれましたか?次のしゅぎょーもがんばってくださいねっ!」
昨夜あんな事があったにも関わらず変わらない笑顔を浮かべるムラギリに対し、隣のウワバミは笑顔だが下に真っ黒な隈ができていた。
『えっお前まさかあれから怖くて一睡も出来てないとか』
「違うぞ!あれから鍛錬してたのじゃ!ガーッハハハハハ!お前のチンケな嘘なぞ誰が信じるか!」
『いてぇな叩くな!!』
バシバシとオポムリアの背中を叩くウワバミの力は尋常ではなく、あのオポムリアが体制を崩さないよう必死に踏ん張る程であった。
きっと通常の身体であれは数メートルは吹き飛ぶ威力であろうと新兵達は冷や汗を流した。
───…。
残る修行はあと二つ。
五大修練というトンデモイベントも後半戦に差し掛かってくる。
半分程に減った班員、いっそ脱落してない方が奇跡だと自分の生命力と運に感謝していいのかどうなのか、と新兵達は感じていた。
次に向かうは陸番隊部隊。
屋敷前まで向かうとそこには誰もおらず、キョロキョロと見回すも人の気配すらしなかった。
寧ろ不気味な程に静かすぎるのだ。
「あれ……?誰も居ない……?そんな訳無いよな?あのー!すいませーん!!誰かいませんかー!」
「ここ陸番隊の屋敷だよな……?間違ってないよな……?」
ざわざわと不穏な空気が流れる中、一人の新兵が小さな悲鳴を上げた。
そして次々とその悲鳴は続き、オポムリアは何らかの気配を感じ後ろを振り向いた後抜刀し何かを受け止めた。
カキンッ!と火花が散りオポムリアは攻撃を仕掛けてきた人物を見る。
「おやおや、受け止められちゃいましたか」
間延びした声でオポムリアとの距離を取り、手に握ったクナイをくるくると回すと袖の中にしまった。
周りを見ると他の新兵達の背後には忍び装束を着た陸番隊の隊士達がおり、その手には皆クナイが握られ刃先は新兵達の首元ギリギリに突きつけられていた。
『随分な歓迎だな?』
「僕達なりの大歓迎ですよ?あれ?あんまり喜んでくれてないです?まぁいいや、とりあえず奥へどうぞ〜♪」
あはははと呑気に笑うカゲロウを奇妙に思いながらも開放された新兵達は奥へと進んでいく。
中も驚くほど静かであり、やはり人の気配がしない。
「僕達陸番隊の主なお仕事は隠密行動に潜入捜査、その行動を共に情報収集や敵の撹乱を行います。あぁあと暗殺もやりますね〜、楽しいですよ?さっきみたいに油断しきったところを気づかれずに一網打尽に倒すの。今ので興味が出た人は是非うちに来てくださいね、僕達大歓迎ですので」
一応PRのつもりらしいが、話す内容とトーンのギャップに新兵達は誰も口を開かなかった。
静かな屋敷内にカゲロウの楽しそうな声が響くのがまた不気味さを煽っていた。
奥に案内されるといつも通り隊長が待ち構えて……居るはずだったが、そこにあったのは立て看板一つのみだった。
"よくぞ参った新兵達よ。
五大修練も四日目になる。
最後まで気を抜くな"
看板には達筆な文字でそう書かれた紙が一枚貼ってあり、異様な空間に新兵達は戸惑った。
「あー、これはうちの隊長のウツセミ隊長からのお言葉です。まぁいつも姿現さないのでお気になさらず。ではではお楽しみの陸番隊での修行内容について説明しますね〜。ここ陸番隊では日頃の修行もかねて屋敷内は様々な仕掛けが用意してあります。それで、なぁんとこの屋敷内の何処かにお宝があります!みんなにはそれを探してもらいますよ、まぁぶっちゃけて言えば宝探しですね」
宝探し、と楽しそうな雰囲気を出すもどうせこの仕掛けとやらはえげつない物だろう。
今迄の修行で楽しかった事は無い、そう思い知らされた新兵達はゴクリと唾を飲み込んだ。
「制限時間内にお宝探せたら良いですね〜。どう?楽しくなりました?」
全く、と言いたかったが流石に言い出せず黙り込んでしまった。
「あははは、頑張ってくださいよ?ここまで頑張ってきたのに脱落なんて悲しいですから。ねっウツセミ隊長」
何処に話しかけているのか分らないが、気がつくと看板の文字が変わっていた。
"制限時間内に宝を見つけた者に可の印を授ける。
いざ尋常に、勝負"
『(いつ変えやがった……?気配もねぇし人が通った感じもなかった……。そいうや挨拶の時もここの隊長居なかったな。居なかったっつーか気配消してたのか……どんな奴なんだ、ウツセミって奴は)』
疑問に思うことは多々あるが、修行開始の合図がされたとなれば即座に動くしか無い。
オポムリアは覚悟を決め奥の部屋へと入っていったのだった。
───…。
『どうなってやがんだこの屋敷は』
陸番隊御自慢のカラクリ屋敷、とでも言うように所々に仕掛けが組み込まれているこの屋敷は可笑しな所であった。
見えないようにボタンが隠してありそれを気づかないうちに押せば槍や針が飛び出し、時には落とし穴や隠し扉が現れ全く違う場所へと強制的に連れられてしまうのだ。
他にも回転する扉や隠し通路……数え切れないほどの仕掛けにオポムリアはうんざりしていた。
『仕掛けの位置を覚えたとしてももう既に何処だかわかんねぇ……ったく……よく陸番隊の奴等はここで生活出来てんな……』
歩いて行くとオポムリアの前の通路の横に立て看板があり、それを見ると"音を立てるべからず"と書いてあった。
静かに歩けば良いのか、と忍び足で歩き始めめるも元々そういう仕掛けなのか、音が出やすい廊下なのか三歩目にしてギィ、と軋んだ音が響いてしまった。
まずい、と思った頃には既に遅し。
ガパリと廊下が真っ二つに開きオポムリアはその中へ落下してしまった。
『っ!無理ゲーだろこんなん!』
なんとか着地をすると辺りはまた別の景色となる。
上下左右の部屋も幾度となく変えられ、自分が今何処に居るのかも不明だ。
次はどんな仕掛けが作用するのか全身の感覚を研ぎ澄まし、オポムリアは次に進むのだった。
「みんな苦戦してますねぇ。ふふ、何人クリア出来るか楽しみですよ」
新兵達が必死に宝探しをしている様子を、仕込んであるカメラを通しとある一室でカゲロウは笑顔でそれを見守っていた。
「残り十二名……さて……後どれぐらいのサンプルが取れるかな」
笑顔が一瞬歪んだものになるが、またいつもの笑顔に戻るカゲロウ。
その横の台には何からのデータを打ち込んでいるコンピューターと分厚い書類の束。
そして……カプセルに入った怪しい液体が揺らいでいた。
───…。
『ったく……ほんとに宝なんかあるのか?』
「とりあえずオポムリアさんは動かないでください」
『いてぇ』
昼休みになり一度休憩場に戻った新兵達。
またもやカザハナの手厚い看護を受けたオポムリアは包帯まみれの体を動かし昼食を取った。
あの後罠をかわしながら進むもカラクリ屋敷の攻めは止まずに次々とトラップが始動したのだった。
避けた先にまた別の仕掛け、穴に落ち縄で宙吊りにされ火で燃やされそうになったりノコギリ型の刃物に追いかけられたり……。
ほぼノンストップで走り回ったせいかついに隙が出来てしまい、巨大な鉄球にぶつかり大きく吹き飛ばされたのだった。
なんとか意識は保っていたせいか失格にはならなかったものの全身の骨組みがバキバキに折れているのではないかという程に痛みが襲った。
「そりゃ痛いですよ、それだけ傷だらけなら……」
『俺達を殺す気なのかこのカラクリ屋敷は』
「お願いですから、これ以上の傷は作らないでくださいね?」
『多分な』
最早毎度のやり取りなのかもうこの二人に口出しするものは居なかった。
午後の修行が開始されるも、やはり午前中と同じくトラップに襲われ宝探しどころではなくなっていた。
しかし宝探しをしなければ目標達成には行かない為カラクリが作動する音に耳を澄ましながら必死に避け、宝を探す。
午前中の鉄球トラップの威力が凄まじく身体が思うように動かないオポムリアだったが、これ以上傷は作るまいとトラップを避けまくり天井に見えた縄を掴み上へ登る。
すると今迄とは違う広い部屋に辿り着き、その奥にはいかにもといった大きな箱があった。
『あれが宝ってやつか?だとしたらラッキーだな、これでようやく俺も可の印が貰え……』
オポムリアの聴覚に歯車の音が僅かに響く。
箱の中からしたその音に一気に警戒心を高めいつでも抜刀出来るよう手を置いた。
ギィギィギィと不気味に音を立て開く箱。
そしてその中からヌッと現れた何かは、人の形をしていた。
『!……あ……?人形……?』
それはトランスフォーマーかと思われたが生命反応が無い。
虚ろな目のスパークの無い人形であった。
それは誰かに操られているのか、カタカタと無機質に動きオポムリアの方へ向くと背中から刀を取り出した。
『へぇ、俺とやろうってのか?いいぜ人形相手だろうが手加減しねぇ』
ギギ、と人形は刀を構えると、オポムリアへと向かっていく。
オポムリアも抜刀し刀と刀が混じり合い火花が散った。
『(いったい何でこんなもんがここにあるんだ……?新兵訓練用にわざわざ拵えたモンにしちゃやけに精巧に出来てやがる……)』
意思のあるかのように滑らかに動く人形。
まるでスパークが宿っているかのように刀を振るう人形に不気味さを感じながら攻撃を避けていく。
そして一瞬の隙を付き、人形の喉元へ刀を突いた。
人形は吹き飛び壁に身体を打ち付けるとぐしゃりと床に落ちた。
動かないところを見ると、倒したということで良いのだろうか?という疑問を持ち近づくと箱の中には光る石が入っていた。
装飾が施されたそれは誰がどう見てもお宝、と言っていいほどの代物であった為、オポムリアはそれを掴んだ。
『っし、これでここの修行での印鑑貰えるな……やっと可の印だ……。ここの合格印貰うには何すりゃいいんだ?』
首を傾げたと同時にオポムリアはなにかに気づき後ろを振り向く。
そこには人形が居なかった。
まずい、何処行ったと辺りを見渡し最後に天井を見ると……そこには蜘蛛のように天井に張り付いた人形がいた。
『っ!』
人形はオポムリアに向かい刀を突き襲いかかってきた。
咄嗟に避け攻撃は当たらなかったが、宝を落としてしまった。
煙が晴れた所を見ると、人形の刀は宝に突き刺さり人形が起き上がると同時に砕け散ってしまった。
『!っの野郎……!』
ギギ、ギギ、と人形はオポムリアの方に向かうと刀を構える。
オポムリアも構えると人形の方へ殺意を向けた。
『一度やられたくせに往生際が悪ぃな!次は起き上がれねぇように足でも斬ってやろうかぁ!?』
オポムリアの脅しにも、感情も何も無い人形は答えない。
ただオポムリアに刀を向け、ゆらゆらと動いていた。
『チッ、あの状態で持って行っても可の印貰えっかな……まぁいい、とりあえずこいつを倒して……』
考え途中で人形は動き出した。
しかし先程とは違った。
移動速度が先程よりも早いのだった。
『!』
オポムリアは刀でそれを受け止めるが、力で押されてしまい後退りする。
人形の何かが変わった。
そう理解すると共に人形へ刀を振るう。
受け止められた後それを弾かれ先程オポムリアがしたように喉元を突く。
防いだ後に人形は姿勢を低くし足に力を入れオポムリアへと一気に距離を詰め激しい斬撃を繰り返す。
攻防が繰り広げられている中、オポムリアはある事に気づいた。
この動きは、何処かで感じた事のある動きだ。
それを察したように次に来た真横への攻撃は屈んで避けることができた。
そしてようやくその既視感に気づいたのだった。
『(この人形の動き……シラヌイと同じ……!?)』
ここに来た初日にシラヌイと対峙した事を思い出すと、この人形の動きがシラヌイと酷似していた。
人形は更に素早く動きオポムリアへと襲い掛かる。
『っ!ナメた真似しやがって!』
オポムリアも負けじと先程より機動力を上げ斬り掛かる。
しかし人形は更にパワーを上げ、オポムリアに一瞬の隙も与えない程の攻撃を仕掛けてくるのだった。
火花が散り刀と刀がぶつかり合う音が激しく響く。
一向に決着の付かない様子に苛立ち、オポムリアは何かを思いついたように人形まで一気に間合いを詰めた。
『(刀も振るえねぇぐらい近くに行って殴りゃ一発は入るだろ!もしコイツがシラヌイの剣撃のみのデータを模倣してんなら近場での肉弾戦はこっちが有利だ!)おらぁぁっ!!』
握った拳を力の限り人形の鳩尾へと殴りつけた。
人形は一度動きが止まり、飛ばされた衝撃で再度壁に叩きつけられた。
ガキン!と崩れる音がしよく見ると人形の手足はありえない方向に曲がり中の配線が剥き出しになりバチバチとショートし黒い煙を上げている。
壊れた様子の人形にようやく開放された、とオポムリアは溜息をつく。
『ったく……面倒かけやがっ』
突如としてやってきた衝撃にオポムリアは何が起きたか分からずにいた。
視界がぐるんと変わりいつの間にか捻じ伏せられていた事に気づくと、人形はオポムリアに覆い被さり腕を拘束していた。
ミシミシと身体が軋み、オポムリアは痛みに顔を歪めた。
『っ……!テメェ……!何度も何度もクソうぜぇな……!』
バタつかせていた足も人形の足で踏まれ動けなくなってしまう。
人形は首をギコギコと回し、ついには横に一回転すると、口を大きく開けた。
口内には刃が仕込まれており、後ろに反ると……それをオポムリアの頭目掛けて振り下ろしたのだった。
『っ!嘘だろ……!』
流石にドタマ貫かれたら死ぬ。
そうオポムリアが悟った瞬間、フロア全体に響き渡るようなサイレンが鳴った。
これは、修行終了の合図だ。
そのサイレンと同時に人形は糸が切れたように動かなくなり、オポムリアの上に落ちた。
人形を退かすとオポムリアは荒い息を落ち着かせようと仰向けに寝転んだ。
『っ……今のはやばかったな……』
「お疲れ様でーす」
『うおっ!?』
「あは、そう驚かないでくださいよ」
いつの間にか天井の一部を剥がしそこからカゲロウが覗き込んでいた。
カゲロウはしなやかに着地をするとオポムリアよりも先に人形の元へ行き破損状況を確認し始めた。
「あーあ、これはこれは派手にやりましたね〜。やっぱりシラヌイさんの動きに体が付いていきませんでしたか。もっとボディの強化……いやそれよりももっとデータの収集を……うーんでも彼女のデータも取りたいんですよね……」
『おい何ブツブツ言ってやがる』
ブツブツと独り言を呟くカゲロウを気味悪いと思いながらも、オポムリアはバラバラになった宝玉を見せた。
『一応見つけたんだが……』
「粉々なので不可です」
笑顔のまま胸の前で手でバッテンを作るカゲロウを睨みながら舌打ちをするとバラバラの宝玉を乱暴に捨てた。
今回も時間切れで不合格、という情けない結果だが今回に至ってはどこか納得のいかない事態にオポムリアは抗議しようとしたが、あの時倒したと思い油断したのは事実。
その為反論しようと開けた口を閉じ、イライラしながら集合場所である広間へと向かったのだった。
───…。
"新兵諸君ご苦労。
明日はいよいよ最終日。
身体を清め明日に備えるが良い"
そう書かれた立て看板を真面目に見ているのは果たして何人いるのか。
半数以上が空を見つめているのだが、そんな新兵は気にしていないとばかりにカゲロウの明るい声がした。
「はいはーい、以上ウツセミ隊長からのありがたいお言葉です。さぁさぁたくさん食べて休んでくださいね」
ふらふらと歩きながら新兵達は指定された場所に行く。
疲労感からか風呂も食事もほぼ機械的に行い、皆気づけば寝床で倒れるように寝てしまった。
オポムリアも何故か今日は早めの就寝をし、横になると意識はすぐ遠のいて行った。
───…。
"はーいオポムリアちゃん♪今日の対戦相手は可愛い可愛いスライムちゃんだよ〜♪あはは♪見てみてぷるぷるで気持ち悪くて可愛いでしょ?"
"っ……!"
"あぁちなみにその子猛毒だから粘液付いただけで金属も溶けるよ。もちろん斬っても粘液飛ぶからね〜♪"
"や、やだ……嫌だ……!"
"んー?オポムリアちゃんも気に入ってくれた?良かった!大丈夫、殺しはしないよ。壊れても直してあげるからさ。ってなわけで!戦闘開始ーっ!"
"ひっ!来ないで……!嫌だ……!嫌だぁぁぁ!あ゛ぁぁぁぁっ!痛゛い!!やだ、溶け゛ちゃ、っ!!"
"あー、初手粘液ぶっかかりとかツマンネ……。はいはい中止中止!うーん、何度やったら慣れるかなー、直ったらまた戦わせよっと!経験何度もしたら戦い方覚えるよね!あっはははは!可愛いねオポムリアちゃん!今ほぼ原型無いけどまぁまぁスライムと同類みたいになって可愛いね!オレはどんなオポムリアちゃんでも好きだよ"
オポムリアは見た夢に吐き気を覚えて起きてしまった。
過去の封印したい記憶が何故今呼び起こされたのかは分からないが、忌々しい戦闘訓練の一部が無駄に鮮明に思い出され気分は最低なものだった。
『(何で今あんな夢……しかもよりによってあのクソグロモンスター……俺あん時よく生きてたな……俺を治した医療班も大半はグロ過ぎて吐いたって言ってたぐらいの状態だし……)』
目眩のする身体を起こしあたりを見渡すと、そこは自分の寝室ではなかった。
ぼんやりと明るいその部屋にはモニターが多数設置してあり、よくわからない記号のようなものが入力してあるパソコンも数台あった。
何処だ、と警戒しながら寝台から降りると隣の寝台に誰か横になっていた。
誰だろうとそれに近づくと、そこに横たわっていたのはあの人形であった。
どうやら修理中であり周りには工具が散乱していた。
この人形があるということはここが陸番隊であることは間違いないようだが、何故自分が此処にいるのか理解は出来なかった。
『何処だここ……?いったい俺はどうしてこんなとこに……?』
「あれ、起きちゃったんですか?」
『!』
扉が開き、そこにはカゲロウがいた。
わざとらしく驚いた素振りを見せるがそれが演技であることはバレバレであった。
「やっぱり身体の構造が僕等より頑丈なんですかね?他の人よりも"効果"が切れるのが早いみたいで」
『効果……?テメェ、何仕込みやがった』
「皆さんの夕食に睡眠薬を投入させていただきました」
隠すことはせずに堂々と話すカゲロウ。
開き直りとはまた別の様子に、多少の不気味さを感じるのだった。
「僕は人の観察やデータ収集が趣味でして。今期の新兵さん達のデータを取るためにちょっと熟睡してもらいました。お陰で無事にデータが貰えましたよ。此処にいない脱落した新兵さんは病室に行って診察と同時に血液のサンプルを貰いました。あぁもちろんオポムリアさんのも貰っちゃいました。ご協力ありがとうございます」
その言葉にバッと自分の腕を見る。
そこには針を刺された小さな痕が残っていた。
『テメェ……!なんでこんな事……!それになんで俺をここに運びやがった!』
「もちろんキミが特殊だからです。いやぁ〜、今期の新兵の中にあの戦闘狂揃いのコード008部隊の戦士が一人編入するって聞いた時は胸が踊りましたね。しかもあのシラヌイさんに喧嘩売って戦闘になるなんて!この子も喜んでますよ、久方振りにシラヌイさんの戦闘データが入力されたんですから」
カゲロウがこの子、と言った際に目線は人形へと移った。
この人形は何だと言いたげなオポムリアの表情を察してかカゲロウは笑顔で人形を抱き上げた。
「戦闘絡繰黄泉丸《ヨミマル》。ざっくり言えば修練用のロボです。でもただのロボじゃないんですよ、相手の動きを見て自動で学習して、個々のデータを収集するんです。この子の中にはここの隊士達全員の戦闘データが組み込まれてます。もちろんカクエン様やカンナギ様、他の部隊長達のデータもたっぷり入ってるんですよー。あ、ちゃんと許可は得てるので安心してください」
『テメェ俺達のは無許可だろーが』
「それよりも、初日のあのシラヌイさんとの戦闘!あれもう一回ぐらい機会無いですか?シラヌイさんってばいつも一人で任務も行くし基本壱番隊には近づけないんですよ。ですからこの子にシラヌイさんのデータを入れたいんですがなかなか見れることが無くて……僕としても興味はありますし。君みたいな強くて短気な子がシラヌイさんに突っかかってくれたらまた戦闘勃発しないかな〜…………って思いまして」
軽くオポムリアへの嫌味も入りつつ、カゲロウはニコニコと語り続ける。
「もちろん君がボコボコにされる可能性は大きいですが、その時はきちんと治しますから。これでも腕は良い方なんですよ〜、仕事上身体の仕組みは誰よりも理解しているので。ふふ、一応ここの看護兵としての役割も担っているのでちゃーんと業務として治療しますから。まぁ多少の好奇心は仕方ないので許してくださいね」
『テメェ俺に何する気だ』
カゲロウの異様な雰囲気に近寄るなとオポムリアは睨みつける。
それを見てカゲロウはケラケラと笑う。
そして、オポムリアの視界は一瞬にして天井へと変わった。
『!』
「遅いですよ。これが僕の暗殺対象でしたらとっくに死んでます」
『っ、テメェ……!(動きが見えなかった……!)』
動く瞬間すら見えないまま寝台の上に再度寝かされるオポムリアは目の前の笑顔のカゲロウに舌打ちをする。
「安心してくださいよ。勿論殺すなんてしませんから。こんな……こんな興味を唆る対象、殺すなんて勿体無い。ざっとスキャンしただけでも他の機体より頑丈で耐性がいくつかあるのが分かりましたし、技術はまだ未熟ですが君の身体なら何処まで伸びるのか楽しみです。もっと細かく知りたいので貴女が許すのであれば出来れば解体したいぐらいですね」
『っ……テメェ……何処か見たことあって気色悪ぃ悪趣味な真似しやがると思ったら……!』
オポムリアの脳内には嫌いな男の顔が浮かび上がっていた。
それはコード008部隊と長年争い続けてきたもう一つの戦闘狂揃いのデストロン部隊……ファイアクラッカー部隊のボンバロットであった。
彼は過去に捕らえたオポムリアに興味を持ち、マイルドな表現をしても表では言えないような実験を彼女に散々行ったのだった。
その時の内容はオポムリアにとって怒りの導火線に火を付け、ボンバロットを見ただけで斬り掛かる程のある種のトラウマであった。
それと似たような雰囲気に、オポムリアは軽い吐き気を催した。
『(性格とかは全く違ぇが根本的なモンはアイツに似てやがる……!探究心のある変態オタクはみんなこうなのかよ!?)』
「おや?僕に似たご友人が?それは是非僕もお友達になりたいですね♪」
『誰が友達だ殺すぞ』
「残念、みんな同じ鉄の塊なんですからみんな仲良くすれば良いのに」
ピトリとオポムリアの首に刃が当たる。
何のつもりだと睨むも、カゲロウは笑顔を崩すことは無かった。
「どんなに体格差があれど耐久性の違いはあれど、造りは皆同じ。ここを斬ればオイルが飛び散り配線が剥き出しになります。それでも個体差はあるので得られる知識は多大です。僕は好奇心が旺盛なので……」
蹴飛ばしてやろう、とオポムリアが足に力を入れようとしたその時、二人の横に紙の付いたクナイが刺さる。
その紙には"カゲロウ、戯れはその辺にしておけ"と書かれており、筆跡からウツセミであることが分かった。
それを見るとカゲロウは「あーあ」とわざとらしく肩を落としオポムリアから離れた。
「もう隊長ったら、いつから見てたんですか?僕の研究所にまで来るなんて……プライバシーの侵害ですよー」
まるでウツセミが眼の前に居るような話し方だが、やはりウツセミの姿は見えない。
クナイが飛んできたと思われる方向を見るも、気配すらウツセミは完璧に消していたのだ。
「冗談なのに。可愛い後輩とのコミュニケーションですよぉ、ウツセミ隊長は頭が硬いんですから」
『……もう帰っていいか』
「あぁすいません。本当はもっと調べたかったんですが……貴女達の班は明日弐番隊の修行でしたよね。早く寝て体力を回復した方が良いですよ」
『誰が連れて来てると思ってやがる』
言いたい事は山程あれど、まずはこの場から離れる事が一番と考えたオポムリアは乱暴に扉を開けた。
「次はまた違う遊びをしましょうね、オポムリアさん」
怪しく笑うカゲロウの笑顔は見たくないと振り向かないまま、オポムリアは去っていったのだった。