2013.7.22 19:26 マトリックスパロ=よこりょ=
「なぁ、俺こんな事、今までなかった。感じた事もなかったのに、俺と、お前には何が起きてるん?」
「知りたい?」
水が注がれたコップを横山の前にそっと置いて、錦戸はポケットから錠剤入れを取り出して両の手に隠した。
そんなの持っとくほどマメな男だったかと横山は呆けながらその様子を見ている。
「ここから先の話は、横山君自身で聞くか聞かへんか、決めてや。」
錦戸は横山に自分の両腕を差し出し、握っていた拳を開いてみせた。
「こっちの青いカプセルを飲んだら、横山君は今までの話を聞かなかったことになって、いつも通りの、家のベッドの上で明日の朝を迎える。こっちの赤いカプセルを飲んだら、嫌でもこの世界の、真実を知ることになる。」
何てとんでもない事を言い出すんだろうと、横山は思った。
「何を言うてんの?真実?」
「俺はいつだって横山君に嘘をついたことはないよ。これからも嘘を付きたくない。ただ、知らなくていいこともあんねん。」
横山は錦戸から向けられる眼差しに困惑していた。こんな淀みのない目をしていたなんて知らなかった。
頭が痛い。
「この話って、嘘か本当かって話?」
「そういうこと」
「全部、何もかも夢でしたってこと?」
「うーん、合ってるし、間違ってる。現に今は夢では無いしね。」
「お前はどうなんの?」
「ここでは行方不明のまんまやで。これは変わらん。」
「ここでは?」
「うん。俺はもうここにはいないから。いようと思えばおれるけど、ずっとはおれんしね。横山君がどっちを選ぼうと、これは変わらん。」
「ほんなら、」
「横山君。こっから先を聞きたければ、赤を飲んで。ここでやめとくんなら、青を飲んでや。今言えるんはこれだけ。時間がない言うたやろ。」
錦戸は情けなく眉毛をハの字にして、口をすぼめて横山を見上げていた。元々錦戸はせっかちな男だったけれど、こんなに結論を急ぐ男だっただろうか。錦戸は真実を知ったというのか。自由を代償に自由を手にいれたこの人生を投げ打ってでも知る価値のある、その真実とやらを。家族はどうなる?友達は?仲間は?錦戸は泣きたくなるくらい凛としていた。
無意識に食いしばっていた横山の唇が切れる。頭が痛い。幼い頃の、俺が泣いてる。
「その痛みがほんとか嘘か。横山くんは、説明できる?」
横山は咄嗟に錦戸の右手からカプセルを掠め取って水を煽った。
「俺ね、あの人に言われたの。
『あなたの痛みを理解できる人が、あなたが救うべき人であり、あなたにとっての救世主。』やって。 」
「だから、死なんとってよ。横山君」